実は「萌え」の要素がたっぷりある恋愛小説?
![]() | 八つ墓村 (角川文庫―金田一耕助ファイル) |
ヒロインの典子は、今でいう「萌え」の要素に満ちています。典子は主人公のことを「お兄さま」と呼ぶのです(両者に血の繋がりはありません)。また作品中で、前に進むべきか逡巡している辰弥の背中を押すのが典子の役目なのですが、そのとき必ず「典ちゃん、その勇気ある?」「あるわ。お兄さまと一緒なら」というやりとりが交わされるのです。「萌える」やりとりだと思いませんか?
また典子は「なあに?」とか「〜ですもの」「〜するわ」などという、非常に上品な言葉を使います。さらに、さすがに大正生まれの女性らしく、敬語を使いこなしています。思いを寄せている一歳年上の辰弥に対しても尊敬語を使っています。典子は大正12年生まれの26歳という設定なのでそのような言葉遣いをするのは著者にとっては当然だったのでしょうが、私はつくづく日本人から失われたものの大きさを思ってしまいます。
辰弥は典子に初めて会った時、「わたしはひとめその顔を見たときから、醜い女だときめてしまった」「いくらか足りないのではないかと思われた」「成熟しそこなったという感じである」「いかさま月足らずということが、ひとめでわかるようなひ弱さであった」と、心の中で罵詈雑言を並べ立てていますが、典子は辰弥に恋をするようになって徐々に女らしくなっていき、辰弥の印象も「素朴で可憐であった」に変わり、ついには「不思議なことには、典子が急に美しく見えてきたものである」とまで言わしめています!
典子は可憐さだけでなく、行動力や意志の強さも感じさせます。辰弥が、典子の兄である慎太郎のことを疑っていたことを知って辰弥を問い詰める時の典子の気魄はすごいものがあります。私は読んでいて身震いしました。しかも、問い詰める時の言葉が、あくまでも上品なのです。たとえ愛している辰弥でも、尊敬する兄を侮辱することは絶対に許さない典子は、誇り高くてとても立派です。「兄は、正しいひとです。」なんて、なかなか言えることではありません。
典子だけでなく、辰弥の「姉」である春代も辰弥をひそかに愛しています。春代が典子に嫉妬している箇所などは、とても可愛らしく感じられます。姉なのになぜ?と思う方がいらっしゃるでしょうが、それには辰弥の出生の秘密が絡んでいるのです。これは物語の核心部分であり、これ以上書くとネタばれになるのでやめておきますが。私には、春代が不憫に思われてなりません。
恋愛にばかり焦点をあててレビューを書きましたが、もちろんこの小説はそれだけの薄っぺらいものではなく、推理小説らしく謎解きの楽しさも味わえます。また、舞台が昔の日本であることから、田舎の因習や迷信などを読者が追体験できるようになっていて面白いです。380年前の落ち武者にまつわる八つ墓村にかけられた呪いや、実際に起こった「津山三十人殺し」からヒントを得たとされる田治見要蔵による村人32人惨殺事件が物語の前提となっていることも、読者の興奮を呼び起こします。洞窟内での冒険は、まるで『インディ・ジョーンズ』シリーズのようなスリルと迫力があります。横溝正史氏は偉大な作家だと思います。
引用元:実は「萌え」の要素がたっぷりある恋愛小説?
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